カガク De 暮らす

元研究者のゆるーいブログです。職業病により、家庭でもカガクしています。

「実験ノート」なるもの-第3回 「実験ノートの書き方」の理想と現実

 

 

こんにちは、コガです。

今回は、「実験ノートの書き方」について個人的に思うところを書きます。

今回はドキドキハラハラしながらアップします。というのも、私は権威ある大学の先生でも大企業の役職つきの偉い方でもなんでもなく、ただの変なリケジョです。そんな私が、偉そうに「今まで教わった実験ノートの書き方は実務に合わないと思います!」という内容のことを書いてしまうのですから。

でも、この際ですので、臆することなく意見をし、忌憚なきご意見をいただき、ディスカッションできたらと思います。きっとこのことが、これからの研究現場にプラスになることを願っています。

 

「正しい(とされてきた)実験ノートの書き方」について

 

前回、実験ノートはどういうものかを書きましたが、そのうえさらに「実験ノートはこうであるべき」というものが、多くの先生方から提唱されています。

 

・各実験ごとに、実験タイトル、目的、方法、結果(生データや解析データ(グラフなど)、考察を全て記入。実験の発想から考察に至るまでをすべて。

・実験ノートは、実験のすべてを語り、これを以って議論ができるようであることが望ましい。

・一連の実験が分断しないように記入。

・高い検索性を確保するために、目次を作成したり、実験ノート間での目録を作成することも重要。

・時系列で記入。実施したらすぐ記入(別のメモ帳にメモしておき、後でまとめる、ということはしない)

 

なるほど、きちんと書けるように頑張ろう、と思えるような理想的な内容だと思います。私が企業に入社して初めの研修のときにも、OJTのときにも、先輩社員にもこのように教わりました。製薬企業の安全性の部署で、GLP*1に関わっていたので、結構厳密に行っていたと思います。上手に、完璧にノートが書けるようになると誇らしく思ったものです。

でも、おかしな点もちらほら。

まず、実験ノートをちゃんと書くための予備実験を重ねるということ。それから、ノートのほとんどが、プリントアウトしたデータの貼り付けと割り印だらけ、ということ。さらに、ちゃんと書いた実験ノートを振り返って議論するということがない、ということ。

転職してバイオ系の新規プロジェクトに配属され、研究室の立ち上げから参加したときには、また別の困難にぶつかりました。その研究室は小規模の割に手広くて、一人で3~4テーマを掛け持ちすることはよくありました。そして、「●日までに、こういうデータを出してくれ」という期限付きの実験もしょっちゅうでした。実験をキツキツに詰め込みますので、実験ノートに気を使う暇はありません。「実験ノートの書き方」の項目の一つもクリアできませんでした。電子データはたまる一方。メンバー全員がそれぞれ電子ファイルに実験の中身が分かるように丁寧に名前をつけ、管理していましたが、それでも「あのデータはどこにある?」という会話がしょっちゅう出るほど複雑なものでした。

私が妊娠し、産休にはいるために退所する際、せめて第三者がちゃんとトレースできるようにと思い実験ノートと実験データを照合させ、報告書としてまとめましたが、時系列に書かれた実験ノートは内容が散在し、とてもじゃないけれどそのままでは閲覧するには骨が折れると思い、実験ノートを全てコピーし、内容順に整理しなおし、報告書に添付して、オリジナルの実験ノートとともに引き継ぎをしました。

なんと無駄の多いことかと、いまだに後悔しています。

 

これが実務での現実です。

 

そろそろ見直そう!?実験ノートの立場。

 

私の経験談がずいぶん長々と入ってしまいましたが、この「正しい(とされてきた)実験ノートの書き方」の問題点をまとめてみます。

 

● 生データが膨大。しかも電子データ。

生データ、というのは、機器分析などで得られる数値データや画像データです。一つの生データでは意味を成さないことがほとんどで、これを表計算ソフトなどでグラフ化したり、複数の生データを比較することで初めて可視化できる「結果」になります。例を挙げると、私が使用していたHPLCという装置の生データは、ある一つの実験につき、プリントアウトするとA4サイズで10~20枚になります。顕微鏡写真は、画像ファイル数でいうと、一つの実験につき30~50枚。基本的にはその中から必要と思われるものを別のデータファイルで整理して配置したりグラフ化したりして実験結果とします。

実験ノートにこれらすべてを添付することは、ぜひ避けたいところです。

 

●時系列で記入することと、一連の実験が分断しないようにする、は両立できない。

特にバイオの実験でよくあることですが、「ある反応を開始し、6時間後、24時間後、72時間後に測定を行う」や、「3週間菌体を培養し、実験に用いる」、「分析装置で連続分析をしかけて、結果は24時間後に出る」といった場合、当然、待ち時間に何もしていないわけではなく、別の実験(同じテーマだったり違うテーマだったり)を組みます。すると、実験ノートに時系列で記入しようとすると必然的に一連の実験が分断しますし、一連の実験が分断しないようにすれば、時系列での記入はできないので、実験が完了してから後でノートを記入することになります。

 

●1つの実験で考察に至らない。

1つの実験で得られる結果は、わずかなものです。条件を変えながら複数回実験をして、比較をして、初めて結論や考察に至ることがほとんどです。実験タイトル、目的から考察までそろえたいところですが、考察に至るまでに、数週間~数か月かかってしまい、せっかくタイトルや目的を書いても、考察は離ればなれ、ということはよくあります。

 

●そもそも実験ノートを実験室に持ち込めない!

私は放射性同位体放射能をもつ物質のこと)を使用した実験をしていたことがありますが、そういった実験室には実験ノートを持ち込むことはできません。というのも、万が一実験ノートが放射性同位体で汚染されたら、そのノートは廃棄しなければならないからです。こういう実験室には、プロトコール等をプリントアウトした紙を持ち込み、実験ノートに後で貼り付けたり転記することになります。

放射性同位体を使用する部屋の他、遺伝子組み替え体を使用する部屋、クリーンルームなどにも実験ノートは持ち込めません。

 

9割方PC上に存在するものを、ノートに転記・添付するという現実

 

上記にもすでにちらほら出てきましたが、一番の悩みどころが、「実験ノートに記載すべき内容のほとんどが、PCから吐き出されるもの」という事実です。いまどきのラボのデータはどういうものかというと・・・

 

  • 生データはほとんどが電子データ。
  • グラフは表計算ソフトで作成。
  • スケッチはほとんどしない→写真などのデジタル画像が大半
  • 実験計画書や報告書はPCで作成。実験題目も目的も実験プロトコールも、PCで作成。
  • 当然、議論はパワーポイントなどのスライド、論文は文書作成ソフト。
  • これら電子データには、「作成日、編集日、編集者」などの情報が自動で残る。

 

これらをわざわざプリントアウトして、ノートに貼ることに意味はあるのでしょうか?

そもそも実験ノートは必要かという議論も起こりつつある現在ですが、実験プロトコール通りに操作をしたらチェックを入れる、とか、実験しながら得た知見をその場で記入する、等の手書きの情報は重要で欠かせないことだと私は思っています。

 

 

これらの現実を踏まえて今、新しい実験ノートの有り方の模索が盛んにおこなわれています。

Wikipediaでは、「実験ノート」の項目は日々更新されていますし、実験ノートの発注が多くて納品までに一ヶ月もかかるという事態になっています。それだけ実験ノートの有り方は今、注目されていて、活発に議論されているところなのだと思います。

 

次回は、私なりに考えた「実験ノートを含めた研究データの統括管理の方法」を恐る恐る提案してみたいと思います。

 

 

 

 

参考資料:

 

 

*1:Good Laboratory Practice、信頼性確保のための基準